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スペインについて

マドリッド 2013年6月 マドリードのトレドスペイン広場は、同市セントロにある広場。グラン・ビアの西、王宮の北に位置し、人気のある観光スポットとなっている。「ドンキホーテとサンチョ・パンサの像」などセルバンテスを記念した像がいくつも建てられている。



マドリッド/トレド  
2013年7月1日(日)


スペインの旅路 (クリックで写真が見れます)

バルセロナ 2013年6月26日(水)

バルセロナ⇒タラゴナ⇒バレンシア⇒エルチェ 2013年6月27日(木)

グラナダ/アルハンブラ宮殿 2013年6月28日(金)

ミハス/ゴルドバ ゴルドバ/イスラム寺院/メスキータ/コンスタエグラ風車 2013年6月29日(土)

 セビーリア パンプローナ等

各都市の概要

 バルセロナ スペインの北束カタルーニャ地方に位置し、1882年からなお建設が続くスペインを代表する巨大建築、サクラダ・ファミリアを有する 「芸術の街」バルセロナ。姓築家アント二・ガウディの彫刻群、 ピカソやダリ、ミロなど多くの天才両家の作品が揃う美術館が所
狭しとひしめきあう。

ゲエル公園 世界・遺産 ガウディのパトロンだったグェル伯爵と組ん だ都市開発プロジェクトで、当初60戸の住宅を建設する予定だった。プロジェクトは失敗に終わったが、美しい公園が残され、色鮮やかな破砕タイルのベンチ、トカゲの噴水などはガウディ空間を生み出しており必見。

バルセロナ⇒タラゴナ⇒バレンシア タナゴナスペインのバルセロナ近郊のタナゴナ 紀元前218年、イベリア半島で最初にローマ帝国の植民地 になった町。点在するローマ時代の遺跡の数々は世界遺産に登録されている。「悪魔の橋」との別名を持つ、1世紀に造られたローマ時代の水道橋ラス・フアレラス水道橋です。

 バレンシア、約80万人のスペイン第3の都市。地中海に面し、1年を通して温暖な気候のためヨーロッパ屈指の農業地帯である。オレンジなどの果実や米の産地で、パエジヤ(パエリア) の発祥の地でもある。3月中旬に行われるスペイン三大祭りの1つサン・ホセの火祭りとゴシック様式の世界遺産ラ・ロンハ・デ・ラ・セダが有名。陶器の町としても知られる。

アンダルシア地方
 イベリア半島の南部、地中海に面するエリア。内陸部とコスタ・デル・ソルとよばれる地中海沿岸部にわけることができ、フラメンコと闘牛の本場セビーリヤ、イスラム時代の息吹を残すコルドバ、アルハンブラ宮殿で有名なグラナダなどは内陸部に位置する。地中海性気候で1年を通して温暖な地中海沿岸には、マラガをはじめとしミハスやロンダなどのリゾート地が点在する。

 ロンダで観光案内をしているーアントリオ・ゴンザレスさん、日本語のうまさでフラメンコダンスを紹介して頂いた皆さんに受けていた、かつて、クラウンレコードと契約をしていたフラメンコギタリストとのこと。

 太陽の光と影、イスラムの香り、情熱的な雰囲気漂うスペイン南部は、スペインのイメージそのものだ。

古くから様々な地域との交易が盛んだった土地であり、インド、ユダヤ、アラブ、ギリシャなどの異国情緒に富んだ音楽文化を持っていました。フラメンコの掛け声「アラー」「オーレ」はアラビア語で、スペインの南部の隣接モロッコから伝わったものと考えられる。

15世紀の中頃、スペインの南部アンダルシア地方に移住してきたジプシーが、自分達の音楽とアンダルシアに伝わる音楽を融合させて作ったのが、フラメンコの起源と言われています。

 グラナダ/アルハンブラ宮殿 アンダルシア地方の中心地グラナダは、スペイン最後のイスラム王朝、ナスル王国が築かれた町。1311t紀初めから日92年キリスト教徒にグラナダを奪還されるまでの約250年の間、ナスル王朝の政治、経済、文化の都として繁栄をきわめた。

アルハンブラ宮殿 イスラム芸術の最高傑作といわれるアルハンブラ宮殿。スペイン最後のイスラム王朝ナスル朝の王宮だ。宮殿内で最も古い城塞部分であるアルカサバ、王の居城であった王宮、カルロス5世宮殿、夏の離宮ヘネラリフエ庭園と、敷地内は大きく4つに分けられる。    ヘネラリフエ庭園の中核をなすアセキアの中庭。噴水や水路が随所に見られることか ら「水の宮殿」とも呼はれる。

ミハス/ロンダ/ゴルドバ  ミハスは、白壁の美しい家々が立ち並び、昼食はメルルーサをご賞味した。 先史時代にタルテッソスにより造られた。当時の砦跡が、現在の市壁の一部として見ることができる。古代ギリシアやポエニ人が、豊富な鉱物資源目当てに村にやってきていたことが、2世紀に出版されたプトレマイオスによる『地理学 (ゲオグラフィア)』に記述されている。ローマ人には「タミサ (Tamisa)」の名前で知られており、彼らはミハスと活発に貿易をしていた。ローマ人による支配の後、714年より西ゴート族の支配に代わり、更にはムーア人による支配へと代わった。ムーア人は村人が蓄財することや彼らの宗教、慣習を、村の農産物や畜産品の3分の1を交換することを条件として認めた。 タミサの名前をミクサ(Mixa)に変更したのもムーア人であり、ミクサが後に現在のミハスという名前に変化した。

ロンダは、切りだった断崖絶壁の上に築かれた町です。見どころヌエボ橋、旧市街

イスラム寺院/メスキータ/コンスタエグラ風車

ゴルドバ 紀元前2世紀、ローマ帝国の植民地から発艇し、8紀半ばから11世紀初めはイスラム王朝、後ウマイヤ朝時代の都として栄華を極めた古都。地中海貿易を押さえ、学問・芸術の中心地として世界に名を馳せた。栄華を謳歌したイスラム時代の遺構を.垣間見ることができる。 旧ユダヤ人街⇒花の小径が有名  コンスタエグラの風車 

 
 セビーリア パンプローナ等

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